開拓史は洋式による精密な北海道地図を作成するため、明治6年3月、雇米人ゼームス・アル・ワッソンを測量長に命じ、4月から三角測量による測量を開始した。
この年、石狩の基点選定に失敗し、さらに勇払原野におもむき、実測可能な勇払・鵡川間92マイルの直線を見つけ、その両端の基点に標識を埋め概測を行った。
翌年4月、ワッソンは任期なかばで陸軍省に転じ、三角測量は米人助手モルレー・エス・デーの指揮下のもとで行われることになった。デーらはワッソンの三角測量の基線略測を精細に予備測量するため、勇払標台の経緯度を天文測量で定め、前後3回の極めて精密な測量を行った。
そして、北緯42度37分34秒、東経141度44分46秒を基点として東に直線に測り、14,860.26461959メートルを精測した。その後、約4年間の歳月をついやして、ようやく沿岸測量を完了した。
もう一方の鵡川基点については現在未発見で不明であるが、この勇払基点跡は、わが国における最初の本格的洋式三角測量開始を示す物として道史上はもちろんわが国測量史上貴重な文化財、史跡とされている。 |